入院生活23日目 還暦サブ4の夢

前日39度まで熱が上がったのですが、深夜の2:50にカロナールを飲んでからは平熱か微熱をを維持。
寒気や節々の痛みも消え快調です。
39度まで上がっても解熱剤がすぐには飲めず自力回復したので先生も看護師さんも驚いてました。
私自身もびっくり。

午前中に点滴の針入れがあるので、その前にシャワーを浴びてきました。
排水口が詰まるくらい髪が抜けました。いよいよ本格的な脱毛です。
元々毛の量が多いので今はボリュームが収まっていい感じです。

点滴針は奇跡的に一発で入りました。
抗生剤の点滴セフェフィムの商品名はマキシピームと言います。前回の入院時はマキシピームと看護師さんは言っていたけれど、今はセフェフィムと言う人やマキシピームと言う看護師さんが混在してます。なんでだろ。

セフェフィムを投与してから、背中、手の甲に湿疹ができてかゆい(>_<)
冷やすと少し楽になるけれどかゆくてたまらん!
このかゆみはこのあともっとひどくなります。

午後になって看護師さんと移植パンフレット読み合わせ1回目を開始。
この病院では移植前に移植とはから始まって、前処置、移植後GVHD、移植後の過ごし方を何回かに分けて読み合せをしていきます。1回目では「造血幹細胞移植とは」から「造血幹細胞移植の方法と合併症」まですすみました。全P56のうちP14までなので先は遠いです。つい誤字を指摘してしまうのは仕事柄ドキュメントレビューの癖でしょうか(^_^;)

前日あれだけ熱が出たのでレントゲン検査はポータブルでした。
すでに復活しているので歩いて行けるんですが、昨日の状態だったら絶対に歩けると思わないから先生もポータブルの予約入れたのだと思います。

夜になんとサプライズで旦那がお見舞いに来てくれました。
客先での打ち合わせのあと会社に戻らず顔を出してくれました。昨日の急変を見たら心配になったんだと思います。
旦那曰く「15分くらいの間にみるみる容態が悪くなってびっくりした」と言ってたからねえ。

旦那が来ている時に担当看護師さんから移植についてのヒアリングがあり、一緒に受けました。過去の病気の履歴から始まり、白血病と診断された時の気持ち、移植に向けての気持ち、人生で大切にしていることや夢など、答えるのが難しかったです。

元々持っていた夢は、520kmのウルトラマラソンを完走することで、2014年に140km(萩往還)、2015年に250km(萩往還)、2016年に520km(川の道)の予定を立てていたが、2015年に白血病となり250kmは諦めたが、抗がん剤治療だけなら100km復活は望みを持っていた。すでにこの話の段階で看護師さんは目が白黒。「250たかと520とか日本でやってるんですか」と聞かれちゃいました。(笑)

しかしながら、抗ガン剤だけでは完治とならず、移植となった今、今後起こり得るGVHDを考えると100km以上のウルトラは無謀と思っていて、5年後の完治後からフルマラソンとサロマ湖ウルトラの50kmを目指したいと夢について答えました。横で聞いていた旦那も呆れてました。GVHDは半端ないと思うので再び走れるかわからないけれどフルはサブ4でまた完走したいものです。8年後の還暦でサブ4出せたらいいなぁ。

ちなみに友達からの応援で一番辛いのは「すぐに元気になるよ」とか「すぐに走れるようになるよ」という言葉なんです。抗ガン剤治療の時は復活のマイルストーンは半年と線引きができ、自分自身めどが立っていたのですが移植の場合はGVHDがどうでるかで復活のマイルストーンが読めません。早くて3年、普通で5年、GVHDがひどければ10年はかかるかもしれません。いや、一生走ることはできないかもしれません。だから「また走れるようになるよ」と気軽に言われると「このやろーなにも知らないくせに」と思うので私の心がもっと大人になるまでこの言葉はNGワードにしてださい。心が狭くて申し訳ない!!!





白血病治療の情報共有のためにブログランキングに参加しています。
頑張るまろにゃんにポチをお願いします。

にほんブログ村 病気ブログ 白血病へ

テーマ : 病気と付き合いながらの生活
ジャンル : 心と身体

プロフィール

まろ

Author:まろ
2015/1に急性骨髄性白血病(WHO分類:inv(16))で入院、2015/9退院。2016/3名古屋ウィメンズ完走!2016/6再発入院。夢はサブ4&サロマ湖ウルトラ完走です。

発病前迄の全レース記録⇒こちら
退院後から再入院迄の全レース記録⇒⇒こちら

FC2カウンター
カテゴリ
最新記事
最新コメント
フリーエリア
検索フォーム
リンク