一時退院27日目 オホーツク網走マラソンDNSとメンタルの話

再発するなんて考えてもいなかったので、
春にオホーツク網走マラソンのエントリーをしていました。
実家からも近いので帰省がてらのマラソンと。


今日、大会事務局からゼッケンと参加賞とパンフレットが送られてきました。
2016090820510002f.jpeg

Tシャツではなく、靴下と手袋という実務的な参加賞がいいですね。
パンフレットも網走観光情報、交通機関情報、日帰り入浴施設一覧なども充実していてこれまたよし。

パンフレットを見ると、昨年入賞したラン友坊ちゃんさんの名前や
今年の参加者には幼なじみのさーちゃんの名前も見つけました。
出たかった。ひまわり畑の中を走りたかった。


病気になってから、いくつもいくつも大会をDNSしているのですが
移植が決まってからのDNSはより一層つらいです。


最初の治療は抗がん剤だけだったので、
治療が終われば必ず走れると思っていました。
思惑通り半年でフルを完走することができました。
「ヨシヨシこのまま一気に元気になるぞ」と意気込んでいたのに。

思惑外れて再発。今度は移植。


虎ノ門では看護師さんとじっくり移植パンフレットの読み合わせをします。
43ページのパンフレットを体調を見ながら少しずつ読み合わせをしているうちに、
これまでと同じ生活や身体には戻れないという現実を理解し、
絶望が襲ってきました。

更に入院中は水下痢が続くのでオムツも用意しておいた方が良いと言われ、
泣きました。

虎ノ門は古い病院なので一部の患者は骨董病院と呼んでいます。(ちなみに設計は黒川紀章だそうです)
外来には空中を走るカルテ運搬機が残っています。
2020年には最新型の病院になりますが、今はクリーンルームといえど大部屋にはトイレはついておらず、
共同トイレに行かなければなりません。間に合わないこともあると言われて用意していた方がいいと…

オムツ…この言葉がトリガとなって病気鬱のような状態になっていきました。


ちなみに個室だとトイレもシャワーもついていますが、1日49680円。
1ヶ月滞在したら約150万円!移植後退院までは100日位なので、100日滞在したら約500万!!
ありえません。

打たれ弱い私は一度メンタルが弱くなると、どーんと落ち込んでメソメソすることが多くなりました。
ラン友さんのSNSの記事を見るのがつらくなり、頑張ってという言葉がつらくなり、なにもかにもつらかった。

お得意のネット激検索をしてみても、
移植をして社会復帰をして元気に生活している人、ランニングをしている人もいれば、
慢性GVHDで仕事を辞めざるをえなくなった人、1年以上経っても身体が思うようにならない人もいました。

ドライアイ、ドライマウス、下痢、肺炎、膀胱炎、感染症、ヘルペス、白内障、骨壊死、二次がん

どんな症状がでるかわからず、それがどれくらい続くかもわからない。

GVHDが軽ければまた白血病細胞が出現するかもしれないのでGVHDは必要だけど、
GVHDが酷ければ日常生活にも支障が出てきちゃう。

もし走れる身体に戻れるならフルマラソン完走のイメージはある。
でも、日に当たると致命的な後遺症が出てしまうようなら今後屋外活動はできない。

そんなこんなを考えると、抗がん剤の時と違って走る優先順位はどんどん下がって、
痛みなく普通の生活が過ごせて、笑っていられる日常が第一優先なんだと思っちゃう。

その次は会社への復帰。金銭的な基盤がないとランだ旅行だなんて言えないもの。
社会復帰も移植後半年で復帰した人、1年経っても復帰できない人、人それぞれ。
無理して復帰すれば発熱や感染症のリスクも高くなり、かといって会社はそんなに長いこと休職を許すわけもないから、
移植後1年以内での復職が目標です。


移植へのカウントダウンが始まり、少し気持ちが戻ってきました。
まだ不安定ですが、移植で白血病細胞をやっつけるしかないのだから。
闘うしかない。前を向いて闘うしかない。
そしてGVHDの出方は神様にお願いするしかない。




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テーマ : 病気と付き合いながらの生活
ジャンル : 心と身体

プロフィール

まろ

Author:まろ
2015/1に急性骨髄性白血病(WHO分類:inv(16))で入院、2015/9退院。2016/3名古屋ウィメンズ完走!2016/6再発入院。夢はサブ4&サロマ湖ウルトラ完走です。

発病前迄の全レース記録⇒こちら
退院後から再入院迄の全レース記録⇒⇒こちら

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